2011.12.14-15 雲取山(2017m) [山びこに会いたい]

バースデー登山は最高だった。






12月14日快晴
始発で電車に乗り奥多摩へ。
鴨沢で降り、ストレッチを終えて10時からサクサク歩き始める。
今日はコースタイムで約6時間、休憩を入れても結構なロングコースなので
いつもより早いピッチで登る。
出会ったのは、一緒に登り始めた青年ひとり、下って来たお父さんひとり。
雪の匂いを含んだ冷たい空気と光
すべて私たちだけのものだった。贅沢!
かなり早いペースで登って来たけど、写真を撮るから結局いつもと同じ時間になっちゃう。
しかも、冬は日没が早い事をすっかり忘れていた!
本当は1日目に雲取山山頂まで登るつもりだったけど、
登ってたら絶対に日没に間に合わない。
だんだん雪が積もっている場所に来た。暗い中ここを下るのは危険だろう。
急遽手前の小雲取山を超えてすぐ脇にある巻き道で直接雲取山荘に向かう事に。
が、この巻き道が日没寸前の薄暗いルートでめっちゃ怖かった!

何の足跡?
これの他にも知らない足跡が色々付いている。
これはシカかな?イノシシ?手みたいなのもある!く、クマ!?
あと日没まで5分、3分、薄暗さも手伝って何が出てくるか分からない恐怖の中
なんとか雲取山荘に到着。日没4分過ぎだった。反省。
山荘は、青年ひとりと、猟友会の方々5人くらい。さすが空いてる!
しかも部屋(個室!)には熱した炭が入れてあるこたつが。
冷えきった体にご褒美。ストレッチを怠けてこたつでウトウト。

これがまずかった。。。
夕飯の時に2階から下りる階段が、筋肉痛で降りられない。。
あわててストレッチするも、あとの祭り。
距離が長かった分結構足にきてしまった。大反省。
1段ずつ階段を下りて食事。。
食後は明日のコースを組み立て直して、こたつで読書。

ちょうど植林関係の本を読みたいと思っていたからビンゴ!
1982年の本。
ここには昔の東北大震災、関東大震災の時の防風林のあり方、
山の状況が書かれている本で、
全部は読めなかったけど、つまみ読みしてとても興味深かった。
また、1800年代にドイツ森林学者のフォン・ザリッシュが提唱した
「森林美学」というのがあって、
”合理的に取り扱われた森林は森林美も有する”
”美を目的にすることにより、目的にかなった経営が同時に作り上げられる”
といった考え方で、当時は千葉県の山武町などにも同じような考え方があった、
と記されていました。
関東の山を歩いていると、尾根沿いに右は完全に杉の木林、で左は落葉樹といった、
ちょっと不思議な風景によく遭うのですが、
広大な杉林が出来上がった理由の一部が(もちろんこれだけの理由ではないです。)
ひも解けたような気がしました。
でも、レイチェルカーソンは1962年に出版した著書「沈黙の春」の中で、
自然に背いて植林のデザインを優先し、単一の植物を植える事で生まれる
動植物の生態系の不和を警鐘しています。
「山と木と日本人」の中でも、熊沢了介さん(1600年代)という
吉備の山々の治山に力を尽くした方が
「山を治めたるは国の本なり」という言葉を残しています。
先日気仙沼の牡蠣の養殖の番組も見ましたが、
山がきちんとしていると海の水もきれいになるそうです。
そんな事をふむふむと読んでいたら、消灯。
21時からのお楽しみ、今夜はふたご座流星群が空を横切っている日。
真っ暗になった小屋の外でしばらく空を見上げる。
ちょっとの間で8個!!!
しかも、7個目の星は、とっても大きな流れ星で、
空の半分を渡って行った。
筋肉痛と戦いながら就寝。
12月15日快晴
朝ご飯を食べてアイゼンを装着。山頂へ向かう。
良かった、筋肉痛治ってる。。
登頂!右は富士山
昨日から一緒の青年がせっかく登頂したのにカメラの充電切れと言う事で、
私が撮って、あとでメールで送る事に。
こういった事が気さくに出来るのも同じ苦労を共にした山ならでは。

お昼はシーフードヌードル

三峰神社の温泉に入り、
バス停近くのご飯屋さんでお蕎麦。
このお店の窓際が雲取山や今自分が降りて来た山々が一望出来て素晴らしい景色。
ここのおばあちゃんがおしゃべりでとっても可愛らしく、最高!
(味噌おでんもめちゃうま)
おばあちゃんに会いにまた行きたくなりました。
追記
今回、出会ったゴミも拾って帰ってきました。
濡れて凍ったタオル×2枚
アイマスク
サビサビのみつ豆の空き缶
プラスチックの部品
くずゴミなどなど...
(ゴミなのか目印なのか分からないのはそのままに)
合計350g。
意外と落ちてるもんですな。
2011-12-30 19:22









